サプライチェーン排出量削減の意義・削減方法・先行/先進的事例
2015年のパリ協定の採択をきっかけに、気候変動問題に対して抜本的な対策を行う流れが、世界各国で加速しています。日本も、2050年までにカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しています。
そのようなカーボンニュートラルの実現に向けた機運が高まる中、企業における取組が重要となっています。具体的な企業における重要な取組としては、TCFD・SBT・CDPなどにおいて気候変動リスクを情報開示する一環で、サプライチェーン排出量の算定・削減をすることが挙げられます。
この記事は、「実際どのようにサプライチェーン排出量を削減していくべきか悩んでいる」・「他社の削減取組の事例を知りたい」・「自社の気候変動対策への取組を、先進的なものにしたい」という企業のIRやサステナビリティ、CSR推進部署のご担当者様に向けて、執筆いたしました。
以下、具体的なサプライチェーン排出量の削減方法や、各企業における先進的取組をご紹介します。
1.サプライチェーン排出量削減の意義
日本を含め世界各国が、カーボンニュートラルの実現に向けて取り組む中、企業を取り巻くステークホルダーの行動が著しく変化しています。
政府は、企業の支援・規制をすることで、企業の脱炭素経営への取組の実現を促進します。投資資金は、昨今のESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)の流れもあり、温室効果ガス(GHG)の少ない企業に集まりやすくなります。また市場では、脱炭素に関連する製品・サービスが売れるようになり、従業員は脱炭素な企業で働きたいと考えるようになります。
つまり、企業は、脱炭素への取組を行い、排出削減をしなければ、持続的に企業価値を向上させることが難しい状況となっています。
一方で、排出削減を行い、脱炭素経営の実現に成功する企業は、今まで以上に企業価値を向上させられるチャンスであるとも言えます。
上記のように大きく変化する事業環境で、サプライチェーン排出量の削減を行う経営上の意義は、3点あります。
- 社会要請への対応
気候変動リスクを情報開示し、脱炭素に関連する法令や社会的なルールに、適切に対応できる - 優位性を構築
脱炭素のために既存事業を見直し、自社の競争力を強化できる - 新たな機会の獲得
脱炭素社会への転換によって生まれる新たなチャンスをつかみ取り、自社のビジネスを拡大する
これらにより、自社の売上アップなどが見込め、結果として企業価値向上をすることが可能となります。
2.サプライチェーン排出量の削減方法の構想
SBT達成をはじめとするサプライチェーン排出量削減の目標達成には、「中長期」での「抜本的な削減」が必要です。
実際の削減方法の検討段階では、短期的に検討・実行可能な個別具体的な対策に偏りがちとなってしまいます。しかし、より高い削減目標を実現するための抜本的な対策を検討するためには、中長期的視野で、より根源的な自社のあり方から検討を行うことが効果的です。
以下Step1~Step5で、具体的な削減方法の考え方のご紹介をします。
■Step1:脱炭素社会における自社の将来像を描く
社会全体が、脱炭素の方向に動くことを前提に、脱炭素社会における自社の新しい姿を構想することが重要です。
具体的には、以下の順序で考えることになります。
- 自社の事業ポートフォリオ
- 各事業のビジネスモデル(モノの製品・販売からサービス提供への転換など)
- 個別製品のデザイン(小型化、リサイクル可能な設計など)
- プロセスフロー(リサイクル品の活用、調達先の変更など)
- 個別の製造プロセス(省エネ設備の導入、排熱回収など)
流れとしては、まず全社的な大きな視野で持続可能な事業のあり方を検討した上で、各部門・各現場の中での削減対策を考えることになります。
このような手順で、自社の将来像を考えることで、既存の削減方法により取組を進めていく形だけではなく、自社の今後の事業環境で自社が競争優位性を獲得しつつ、排出削減の観点においても最適な方法で事業を実施することができます。
また、サプライチェーン排出量削減対策の検討・成果は、経営層のコミットメントの強さにかかっています。これは、会社の根本的な変革になるほど、経営層主導のトップダウン型でなくては検討が進みづらいためです。
現場レベルで検討する際にも、検討するメンバーは環境部門などに限定せずに、幅広く全社横断的に議論を進めることが重要となります。全社横断的な議論は、削減構想の策定の観点から有効であるだけでなく、関係部門が納得感のある将来像を描くことにより、計画の実効性が高まることにもつながります。
■Step2:短期・中長期の双方の視野で検討する
サプライチェーン排出量削減は、短期・中長期の時間軸の両方で検討することが重要です。
SBT等の削減目標を達成するために重要なのは、あくまで目標年時点での抜本的な排出量削減です。パリ協定や各国の削減目標も、2030年や2050年という長期のタイムラインでの、抜本的な削減を設定しています。
もちろん短期的な対策を計画することも重要ですが、中長期的な自社のあるべき姿の実現に向けて、バックキャスト型の発想で考えることにより、中長期的な取り組みを検討することが重要です。
<短期的と中長期的の対策の特徴>
●短期的な対策
- 既存の戦略/ビジネスモデル/技術を基盤としており、その延長線上の施策
- 予見性や実現可能性が比較的高い施策
- 現場のイニシアティブにより実行可能
- 削減効果は限定的
●中長期的な対策
- 戦略変更/ビジネスモデル変革/技術革新を伴う
- 予見性や実現可能性が比較的低い施策
- 経営トップによる判断/コミットメントが必要
- 抜本的な削減ができる可能性
■Step3:Scope1・Scope2の削減対策を検討する
Scope1・Scope2の削減対策については、製品や製造プロセスなどの排出量をより削減できないかを考慮するために、マテリアルフロー・エネルギーフローの切り口から検討をすることが有効です。以下では、それぞれの切り口で検討を進める際のポイントをご紹介いたします。
(1)マテリアルフローを見直すポイント
一般的に、上流と下流の観点で、マテリアルフローの見直しをすることができます。これらは、いずれも活動量や排出原単位を下げることにも繋がります。
- マテリアルフローの上流
原材料の種類や量、調達先について、より環境負荷が小さいものへの変更を検討する - マテリアルフローの下流
製品から出る廃棄物を減らす・活用する余地を検討する
(2)エネルギーフローを見直すポイント
一般的に、マテリアルフロー自体の変化により、エネルギーフローが変わる場合が多くなっています。つまり、(1)でマテリアルフローの見直しを行うことで連鎖的に、多くのエネルギーフローが見直されることになります。
その上で、エネルギーフローを見直す際には、自社のエネルギー消費構造など特徴に基づいて、必要なエネルギー消費量を特定していくことが重要になります。
具体的に、エネルギー消費構造を洞察していくには、エネルギー利用の目的・背景も再度考慮し、負荷条件(本来求められるエネルギー需要)と供給条件(負荷条件を満たす最も望ましいエネルギー供給の設備構成や運用方法)を考慮する視点が重要です。
<エネルギー消費構造を検討する視点>
●負荷条件の洗い出し
- 何をするために多くの動力や熱を必要としているのか
- なぜそれだけのエネルギーを必要としているのか
●供給条件の洗い出し
- 現状の設備構成や運用はどのようになっているのか
- プロセス内やプロセス間でのエネルギー融通や排熱発生・回収状況はどうなっているのか
- それらはどのような設計思想に基づくものなのか
■Step4:Scope3の削減対策を検討する
Scope3の削減対策としては、以下の5種類がありますが、自社の業種や自社のカテゴリごとの排出量を考慮した上で、どの対策を実施することが有効かを検討することが大切です。
① サプライヤーとの協働
例: サプライヤー自身の排出削減目標を設定してもらうよう働きかける。主要サプライヤーと排出削減のための共同プロジェクトを実施する(再エネ導入等)。等
② 調達改革
例: より温室効果ガス排出量の少ない商品を提供する取引先から調達する。 調達する物資をより温室効果ガス排出量の少ない代替品に切り替える。等
③ 製品・サービスのデザイン変更
例:もの作りからサービスへのビジネス転換。リサイクル可能な商品の設計。等
④ オペレーションの改革
例:通勤や出張の削減。フランチャイズ先との契約の見直し。等
⑤ 顧客との協働
例:自社製品の温室効果ガス排出量のより少ない使用を支援。等
■Step5 各対策の優先度を判定する
Step4までで、削減対策候補ができたら、取組の優先度を判定します。
Scope1~Scope3のそれぞれで、各施策の削減インパクトとフィージビリティの観点で評価し、判断材料とします。最終的な施策の優先度の判断には、その判断材料に加え、経営上の意義や排出量削減目標などの兼ね合いで総合的に検討することが重要となります。
3.サプライチェーン排出量削減の先進的取組・先行事例
国内事例(明電舎)
重電機器メーカーの明電舎は、サプライチェーン排出量削減に対する1つの取組として、事業ポートフォリオの変更を計画されています。
同社が販売する製品は、長期間にわたり長時間使用される発電関連機器等が多いことから、同社のサプライチェーン排出量の内、Scope3カテゴリ11(販売した製品の使用)が多くを占めています。また、同社は社会インフラを支える企業として、既存事業の排出削減だけでなく、社会ニーズを捉えた事業ポートフォリオの変更にも取り組んでいます。
そのような背景から、今後需要が拡大することが想定される温室効果ガス排出量の少ない事業の比率を高めながら、企業としての成長と排出削減の両立を目指されています。
具体的に今後拡大される事業は、需要が急拡大する電気自動車分野の事業や、顧客の排出削減支援等を行う保守・サービスです。
顧客の排出削減支援サービスは、自社が販売した製品を効率的に低排出に使用してもらう効果があります。またサービス事業自体の排出量は小さいため、排出量が小さい事業を自社の成長エンジンにする効果もあるので、このような事業ポートフォリオの変更は排出削減だけでなく、事業の成長性にも大きく貢献できる経営戦略となります。
脱炭素社会の実現に向かう大きな動きの中では、様々な業種でこのような事業シフトによる成長機会がある可能性があります。
海外事例(ユニリーバ)
日用品・食品メーカーのユニリーバは、サプライチェーン排出量削減に対する1つの取組として、調達改革を実行されています。
同社の主要原材料の1つのパーム油は、気候変動等の環境面と、労働者の人権の両面から課題があると考えられました。
一方、パーム油の原料1つの調達に関しても、300を超える1次サプライヤーや1,400を超える搾油工場が関連しており、非常に複雑なサプライチェーン構成となっています。そこで、同社はNGOと連携し、サステナブルな方法で生産されたパーム油の認証制度の構築に取り組まれました。実際、現在ではその認証を受けるパーム油を利用することが業界のスタンダードとなりつつある状況です。
この取組は、自らのサプライチェーン排出量の削減だけでなく、気候変動問題以外の社会課題の解決や、業界をリードする取組を行えることで利益拡大の有効な経営戦略となっています。
4.まとめ
本記事でご紹介させて頂いた通り、サプライチェーン排出量の削減には、自社の業種やビジネスモデルにより様々な方法が考えられ、実際に削減を実行していくには相応の負荷がかかるものです。
しかし、サプライチェーン排出量の削減努力をしていくことは、TCFDやCDP等の気候変動リスクの情報開示への対応による投資家からの評価を向上させるだけではなく、自社ビジネスそのものを持続的に成長させていく大きなチャンスとも言えます。
今回本記事でご紹介させて頂いたものは、削減に関する概要となりますが、脱炭素経営・カーボンニュートラルを目指される皆様の業務の参考になれば幸いです。
また、弊社では、サプライチェーン排出量削減に関するコンサルティングをはじめ、サプライチェーン排出量自動算定ソフトウェア(Scope1, Scope2, Scope3)の提供など脱炭素経営の実現に貢献しうるサービスを提供しておりますので、お気軽にお問合せください。
(参考)環境省ホームページ